インプラントに乗ろう

New Item Name

枝葉末節のことであり、土台がしっかりしていないと、これらも無味乾燥のものとなってしまう。
第4章これからの医学の展望治療家への提言患者主体の医療に主眼をおくような風潮に、最近ようやくなってきている感じはあるが、まだ完全ではない。 いまだに、患者さんから情けない話を聞くことがある。
何も患者の訴えに耳を傾けることなく、「俺の言うことが聞けないのなら、来なくていい!」などと言われる治療家がいる。 思わず、耳を疑いたくなる。
そんな低次元の話を、ここで述べたいのではない。 西洋医学における対症療法的な薬物治療に対して、東洋医学の治療は、全人的医療を基本的な姿勢として患者さんと向き合うので、西洋医学の機械的医療よりも熟練を要するところがある。
この全人的医療を施す際、患者さんの状態を把握するために問診、触診などをしてから治療を施すことになる。 もっとも、患者さんを何万人も診たベテラン治療家は別としても、普通は1時間前後、診療に時間をかける。

患者にとっては、これは1日24時間の内のごく一部の時間であり、残りの22〜23時間は各自好きなように生活する。 その中に、食があり、睡眠があり、人間関係のストレスがありといった様々な影響を生体は受けている。
この時間は無視できる量ではない。 これを無視して、私の手技によって一発で治してあげようとか、私の鍼灸によって一発で治してあげようといった心構えは、愚の骨頂だ。
たしかに、そういう効果もあることは否定しない。 特に、整形外科的疾患は一発治療が良く奏功することがある。
私も、涙がでるくらい痛くて口が開かない患者さんに対して、頬にある経穴「下関」の一刺しによって20分足らずの時間で症状がとれ、鍼治療の速効性の一面を感じたことがある。 一方、現在、蔓延している内科系疾患はどう考えても、原因は患者さん自身にあることがほとんどなので、患者の方には、治療家に責任を求める前に、自分に何か思い当たることがないかと自問自答して頂きたい。
精神的ストレス、睡眠不足、不規則な生活などが良くないことは、患者自身大方はわかっているが、なかなかこのストレス社会の世の中、実行ははなはだ難しいものである。 よって、このストレス社会に打ちかつ一番の近道として、食生活の指導があるのではないだろうか。
また、かつて成人病と呼ばれていたものが生活習慣病に改名もしたことだから、これからはその生活をうまく軌道修正させるような博識ある治療家を目指すべきである。 プライベートにあまり土足でドカドカと入り込むのも考えものだが、こちらが誠意をもって患者さんと接すれば、患者さんも治療家に真剣に向き合って話してくれる。
これからの医療人は、人間丸ごとを理解することは困難にしても、極力、それに近づける努力を惜しまず、謙虚に患者さんと対等に接する姿勢が大事であると考える。 すると、治療効果もかなり変わってくる。

患者さん自身も、基本は自分で治すことが第一の心構えでありたいが、治療家に診てもらうなら、前述したような先生を選んで頂きたい。 名医とは、いつも思うのだが、病気にいかにかからせないかと考えている医者のことである。
治療家は、患者さんに病気にならないための指南役になってあげるべきである。 それこそが名医であり、患者さんとの信頼関係を築き上げる一番の早道ではないだろうか。
これからの医学教育今の医療業界に軌道修正を図りたいと考えても、西洋医学一辺倒である医師中心の世界で軌道修正を図るには、凝り固まった頭を一度破壊してからでないとなかなかできない。 よって、かなりの時間がかかることが予想される。
それならば、我が国では鍼灸や手技を学んでいる東洋療法に望みを託したい。 鍼灸師や按摩マッサージ指圧師は、東洋医学に関して唯一国が認める国家資格である。
この資格は国が認めているのであるから、資格の質を上げていけば、これらの治療の必要性が世に伝えられて、その波はやがて西洋医学を正当とする立場の方々の意識にとまるところまでおよぶ可能性がある。 一方、東洋医学は西洋医学に迎合することなく、一線を画した独自の姿勢でやっていかないと、医療界の発展は期待できないのである。
それには、かつて葬られた学説に宝物が埋もれている可能性があるので、温故知新の精神を忘れないで、もう一度真摯に異端視されている学説を見直ししていく必要性があると思われる。 T,M学説の腸造血理論をはじめ、G・N氏のソマチッドやK・P氏のサンアルといった生命最小単位の追究など宝物は山積している。
とくに、K・P学説においては、経絡が大きく関わっているので、鍼灸師などの東洋医療家にはとりわけ重要な問題なのである。 O大学医学部助教授であったH・T博士は、『経絡の発見』と題して、K・P学説と鍼灸医学の関連に対して真剣に取り組み、著書を出されている。
H氏は、鍼灸医学の現在における「科学化」において危倶している。 それは、科学化をせっかちに求めることもあって、自己の科学理論として利用できそうな新しい有力な学説が登場するたびに、それに安直に結びつき、科学的な装いと引き換えに伝承医学としての器識を失っていくということである。

H氏が現代医学的な鍼灸医学に対して特に警告している内容を以下に示す。 「限界性をもつはずの現代の科学が経絡の実態を全面的に解明していないという科学認識の現状を固定化し、経絡は絶対的に存し得ないもののようにすりかえて把握し、その結果、経絡の実態を追究して行く努力を放棄して、出来合いの理論で鍼灸医学を説明し解釈する立場に立ち至るのである。
」経絡の実態を先哲の学者が、かなりきわめたにも関わらず、これを見て見ぬ振りをするとは実に残念である。 K・P氏の経絡に関する論文をご覧になればわかるが、西洋医学の好きなDNAレベルまでの知見を出している。
ここまでくれば、これからは現代科学の得意分野である分析力と手を組んで、真の生命体の解明に至ることを願いたい。 H氏はさらに、「表層ボンハン小体の形態的・機能的な診断学が確立されるならば、臓器の疾病を診断するうえで画期的な新領域がもたらされることになるであろう。
たとえば、小体から採取したボンハン液の臨床検査であるとか、外質をなす平滑筋様組織の諸種電気的生理機能検査などを行うことによって、臓器疾患の病能把握を可能にするであろう。 さらにまた、たとえば皮内、皮下、血管内注射などのほかに、薬剤を特定の臓器に選択的に送り込むのに有利な『表層P小体内注射』なども現実のものとなるであろう」とまで述べている。
薬の是非の議論はさておき、この内容は、真の生命体の把握により、効率の良い治療ができることを示唆している。 これだと西洋医学とさほど変わらないような気もするが、この理屈は、西洋医学的な立場で東洋医学の理論の説明を試みているところが大変興味深く、西洋医学理論と一線を画すところである。
これからの医学教育は、このような姿勢も取り入れていく必要性を感じる。 また、現在の我が国における大学の医学部教育で、生体を構成している食物の事を学ばないとは何事であるかと思う。

そんな根本的なところが抜けている医学教育を正さなければ、いつになっても空回りし続け、完全なる治癒を考えることは不可能である。

インプラントに対応しています。悩んだらインプラントをお試し下さい。
デスクの上にインプラントに関する、インプラント探しならお任せください。
待望のインプラントの正体が明らかになります。地域資源を活用したインプラントです。